52歳という年齢が突きつける現実
52歳ともなると、人生の終わりが
急に現実味を帯びて感じられます。
新年の賑やかなニュースや挨拶が、
まるで自分とは別世界の出来事の
ように遠く感じる瞬間があります。
周囲が前向きな言葉で溢れるほど、
自分だけが外側に立っている感覚に
襲われることもあるでしょう。
まだ終われないという焦り
年末年始になると毎年のように、
このまま終わる人生ではないという
強い焦りが胸を締めつけます。
まだやりたいことがある。
まだ手に入れていないものがある。
そう思うほど、心は落ち着かなく
なっていきます。
欲しいものを手に入れたい本能
私は欲しいものはすべて手に入れ
たいと思う性格です。
手に入らないと苦しくなり、
自分の存在意義さえ揺らぎます。
何かを得ることで、自分の価値を
確かめてきたのかもしれません。
すべては、いつか手放すもの
しかし冷静に考えれば、
すべてのものはいつか手放します。
命も、地位も、財産も例外では
ありません。
そう考えると、手に入れること
自体が無意味に思える瞬間が
訪れます。
それでも人は、手を伸ばす
それでも人は、欲しいものに
手を伸ばします。
答えはとてもシンプルです。
無意味だと分かっていても、
触れずにはいられないからです。
無意味の中にある人間らしさ
人は、
無意味だと分かっても愛し、
失うと分かっても掴み、
傷つくと分かっても向かいます。
それが人間という存在です。
無駄か、生きている証か
それを無駄と呼ぶか、
生きている証と呼ぶか。
その選択だけは、
誰にも奪えないのだと思います。

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