
【視点の位置】
最近、高市さんの「ワークライフバランスを
捨てる」という発言がニュースで取り上げられ、
賛否が分かれています。
ただ、この議論は立場や価値観によって
まったく見え方が変わるものです。
個人であれば「家族との時間を大切にしたい」
「仕事ばかりの人生は嫌だ」と思うのは
自然な感情です。
一方で、会社の代表や国家のリーダーという
立場であれば、より大きな視点から
「全体を守るために何を優先すべきか」を
判断しなければなりません。
多くの人は、どうしても自分の目の前の範囲で
物事を捉えてしまいます。
そこに「意見のズレ」が生まれるのです。
ワクチン議論の本質
先日、ある人が言いました。
「ワクチンなんて打つべきじゃない。
1000人も亡くなっている。」
家族を守りたいという気持ちは理解できます。
しかし、人類は歴史の中でずっと
ウイルスと戦ってきました。
スペイン風邪では、ヨーロッパだけで
250万人以上が亡くなっています。
ワクチンが存在しなかった時代です。
天然痘、ポリオ、破傷風、ジフテリア、
B型肝炎など、多くの病気はワクチンによって
劇的に減りました。
もちろん副作用で命を落とした方もいますが、
人類全体としては「命を守る選択」を
積み重ねてきたのです。
視点の違いがもたらす判断
もしあなたが「個人」として家族を守るなら、
リスクを避けるのは当然です。
しかし「国家のリーダー」ならどうでしょう。
250万人の命を守るために、
1000人の犠牲を許容するという
重たい決断が必要になるのです。
つまり、ワクチンの議論は
「正しい・間違い」ではなく、
「どの視点から見るか」で全く意味が
変わってしまうのです。
俯瞰して見るということ
私はもともと俯瞰して判断するのが得意です。
だからコンサルタントとして、
感情ではなく「最善の方法」を
選ぶ立場で仕事をしています。
時には「会社を守るために
社員を解雇すべき」と助言することもあります。
冷たいと言われることもありますが、
組織全体を守るためには
誰かが全体視点を持つ必要があります。
全員が俯瞰する必要はありません。
国家も会社もコミュニティも、
一部の人が全体を見渡すことで
バランスが保たれるのです。
本当の論点
高市さんの「ワークライフバランスを捨てる」
という発言の論点は、
“働きすぎを推奨しているかどうか”では
ありません。
それは「国をどう良くするか」という
大きな目的のための手段にすぎません。
多くの人は言葉の一部だけを切り取り、
賛否を語ります。
しかし本質を見ずに反応するのは、
社会全体の議論では誤差にすぎません。
視点の位置を変えれば、
見える世界は大きく変わります。
個人を守る視点も、全体を導く視点も、
どちらも必要です。
大切なのは「どちらが正しいか」ではなく、
「自分はいま、どの視点で見ているのか」
という自覚です。
ワークライフバランスも、ワクチンも、
本当の論点は「何を守りたいのか」です。
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